放牧牛肉に向けた取り組み その2
「30年かけて牛と一緒に山を守る。その延長線上で牛肉生産をする。」

そんな取り組みをしている僕は【良い事】を行っている。
そんな気持ちが潜在的にあった。
ただ、それに酔ってうかれていたわけでもなかった。
なぜなら目の前にお金が回って行かないという現実があったから。

それでもこの大照山の10haを牧場にする事は意義がある。
これが今僕の具体的に出来る事だから。
そう思って前に進んだ。
家族総出で牧場づくりに向かった。
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日本中には山がたくさんあり、国土の7割以上を山林が占めている。
逆に言えば平地は少ない。
その全ての平地で作物を作ったと仮定しても、日本人全ての食糧はまかないきれないのが現実。
だからこそ作物の作れない山で牛肉を生産する事が出来れば、荒れていた山の管理にもつながり、食料の自給率も上がる。

山にはたくさんの木がある。
戦後の国の植林政策で杉やヒノキが大量に植えられた。
その山は木材価格の下落とともに放置され、間伐されず細く伸びた木が密生し「線香林」などと呼ばれる森になっている。
地面に日が差さないので森の中は土がむき出しの状態。
生き物の住めない森。

そうではなくて、広葉樹等の豊かな森と、そこに放される牛達。
そしてその山で生産される牛肉。
イメージとしては最高だ。

間伐して、森に日光を入れ、牛を放し、最終的に芝の生える牧場にしていく。
そうすれば山にとっても牛にとっても人にとっても良い環境が作れるはずだ。

そんな牧場を牛と一緒に作っていくには何十年って言う期間が必要になる。
だから一生をかけてやらなくてはいけない。
そう思ってきた。
行動もしてきた。

具体的には牛を山に放し、下草を食べさせる。
その後人間が山に入り間伐をする。
今まで密生して日光が入らなかった森の中に光を入れる。
牛の餌となる下草が生える。
さらに野芝などをスポット的に移植し、放牧場に向けて手を入れていく。
その芝も5年ぐらい経たないと増えてこない。
間伐する事で太い木材生産に繋がり、同時並行で牛肉の生産も出来る。
だけれどもそんな牛肉生産の事例はない。
自分で作らなくてはいけない。
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そんな時にすごく大きな話が舞い込んできた。
国の補助金で山の草地化の整備が出来るというのだ。

この事業に採択されるかはまだ未定だけれど、補助金が下りれば30年かけて草地化しようと思っていたところがあっという間に牧草地にできる。

土建屋さんに頼んで木を切り、抜根して、ブルでならして、牧草の種を播種する。
数ヶ月あれば出来る。
願ってもない話だ。
目の前がバッと開けた気がした。

補助事業の申請には概算を知るために見積もりを取って回る必要がある。
抜根などの土木工事は土建屋さんが本業。
話を聞いてもらいに行くと、「わかったわかったこうしたらええんやな」と僕の要望を簡単に聞いてくれた。

大きな公共事業などをされてきた土建屋さんにとって10haくらいの面積の開墾など難しい事ではない。
もちろんお金はしっかりとかかるのだが、作業としては数ヶ月の作業。
お金がかかると言っても土建屋さんの事業全体から見たら放牧場の整備にかかる金額など小さなものでしかない。

見積りをお願いした土建屋さんは本当に親身になって聞いて下さった。
しかし、それとは裏腹に自分の中でどうにも晴れない思いが残っているのを感じた。

話が進めば進むほど晴れない心。
何故なんだろう?30年かけてやろうとした事が来年には実現できているかもしれないのに。。。

逆だった。

自分が人生をかけてやろうと思っていた事。
それって土建屋さんにとっては大した利益も出ない、たった数ヶ月で終わる仕事。

あれ?俺が人生をかけていたものって、そんな小さな事だったんだろうか?
「儲からなくても続ける。」と思っていた信念が、すごく小さなものに思えて仕方なかった。

『自分のやろうとしている事は食の安全を支える基盤作り。』
でも、自給率100%の牛が50頭いたって、日本中のお腹を満たせるわけがない。。。

基盤作りと言う大義名分。
大義名分と言う名のマスターベーション。
自分の思いってそんなものだった、、、のか????

せっかく全国から放牧ツアーを通して牧場を見に来て下さっている中、肝心の僕は歯切れの悪い対応しかできなかった。



(その3につづく)
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Top▲ | by beefcattle | 2012-10-26 13:51
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