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放牧牛肉に抜けた取り組み ちょっと番外編
前回で考え方の部分は終わりにしたかったのだが、もう少し補足してまとめとしたい。

先日、福島県で山地酪農をされている方とお話しさせていただいた。
山地酪農とは山の環境と自分の牛の能力を常に把握し、人間が環境のバランスととって行く事で長い時間をかけて作る酪農スタイル。
山林を活用した放牧の仕組みで、その放牧場を作るためには何十年という歳月が必要になる。

日本でも実践している牧場は数えられるほどしかない。

その方は福島の原発事故の影響で、放牧は当然出来ないとおっしゃっておられた。
おまけに来年には山地酪農の命とも言える表土を全てはがなくてはいけないと言う事。
何十年と培ってきたもいのが一瞬にして奪われる。
「身を裂かれるような思いです」そうおっしゃっておられた。

僕などが軽々とかけられる言葉なんてなかった。。。

北海道の旭川に山地酪農の先駆者とも言われる方がいる。
僕も何度か見に行った事がある。
本当に素晴らしい放牧場で、今でもその時に訪れた感動は忘れられない。
今は後継者の方が経営されている。
しかし、先代との経営に対する考え方の違いで、その放牧場は少しずつ姿を変えていっている。

今、僕が何を言いたいかって。
物事に「絶対的な良い悪いなんてない」ってことなんだよ。

ただ、その真摯に取り組んでいかれた思いや行動に僕の心が惹かれる。
尊敬している。
そういった気持ちだけは間違いなくある。

善と悪という二元論は非常に分かりやすい。
「放牧は自然と調和している/輸入飼料や穀物主体の牛は不健康」
「環境に調和した放牧での牛肉生産/狭い牛舎の詰め込みの牛肉生産」
同じように
「利益を出すための霜降り重視の牛飼い/サシが入らないから健康志向でブランディング化せざるを得ない短角牛・褐毛和種」
「サシを入れるための最新の管理技術とそれを支える牛への思い/ただほったらかしているだけの技術もへったくれもない放牧牛肉」

二元論で考えた時、立場によって物事は真理か偽りかになる。
表か裏か。
この考え方って非常に「楽」なんだ。
片方に酔ってしまえば真実にたどり着いたかのような錯覚にすぐなれる。

僕は神様は全てに宿っていると思っているので、特定の宗派も宗教も持たないし否定する気もないけど。
暴論を承知で言えば宗教とおんなじ。
何事も選択し、今を有効に生きるために活用すればいいけれど、依存してしまうとそれが全てだと思ってしまう。

「サシが入ったらいいんだ教」
「儲かったらいいんだ教」
「牛肉食べたら癌になる教」
「放牧は自然で素晴らしい教」
「放牧は牛にとって幸せ教」
「サシよりも美味しさなんだよ教」
「国産は安全だよ教」

これほど安易な情報操作も考え方もない。
だって考えなくていいんだもん。
こんな事を書くと、間違いなくお客さん減るんだろうなと思って書いている。

自然と調和した農業なんてあるんだろうか?
これが絶対に正しい姿なんてあるんだろうか?

どんな大義を抱え、志を持って事業を起こしても、代が変われば変わる。
よく、坂本竜馬がヒーロー視されるが、坂本竜馬がいなかったら今、僕はいないかもしれないけど、いなかったなりの今がある。
坂本竜馬と同時期に生きていた名もない人間が1人死んでいただけで今の歴史は変わっていたかもしれない。
そんなもんなんだと思う。
絶対正義なんてないし、真理なんてそうそうないよ。

全ては平等なんだと思う。
all flat
ゼロベースで一旦考えてみる。

真理なんてそうそうないよ。
ほとんどが「主観」だから。

その上で、自分が何が好きなのか。
そして、何がしたいのか。
深く深く考え、自分の人生を生きればいい。
と、言うのが僕の主観だ。

僕が放牧での牛肉生産を日本中に広げて日本の食料自給率が10%上げたとすれば、もう偉人だと思う。
でも、10代先にはその思想や取り組みが継続されているかなんて知る由もない。
1代先でも分からないのに。
偉人がいたから今があるのではなく、過去にチンピラであろうが、教師であろうが、農民であろうが、奴隷であろうが、今に繋がっている。
命に無駄なんてない。

二元論では否定の上に成り立っている正義をよく見かける。
だからこそゼロベースで見直してみませんか?と提案したい
そこから考えてみて、自分の思う選択肢を選べばいい。
それは好みで良いんだ。
それで結果的に同じ選択肢ならなおいいじゃない。

好きだから。
これ以上の理由なんてあるんだろうか。

二元論で考えない。
真理なんてそうそうない。
好きだから。
大切なものを大切に生きたい。

個人的に、大切な人が増え、お互いを思い、そのやり取りの中で生きていけたら、満足のいく死をむかえられると思う。

だから、しっかり働かなくっちゃね。

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番外編でした。
(その5へ続く)
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Top▲ | by beefcattle | 2012-10-29 21:04
放牧牛肉に向けた取り組み その4
結論から言えば、木を切り倒して牧草畑に向かう事に決めた。
今、全く迷いはない。

憂いでいた気分も今はない。
いつの間にか目標が目的になっていただけの事だった。
放牧場の整備は手段でしかない。
目的は別にある。
明確にある。

その前に木の話に戻ろう。

僕はずーっと森の中にいて、本当に木には個性があるって気づいた。
太い木も細い木も立ち枯れした木も足元で朽ちた姿になっている木も。
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いること自体に意味がある。

山にいて思ったんだ。
何かを成し遂げることが価値ではないって。
存在している事自体が価値。
「成し遂げる」の基準なんてあってないようなもんだ。
結局主観でしかない。

分かった事は
①色んなものに命があるってこと。
②絶対死ぬってこと。
③命は続いているという事。

この法則にドングリも微生物も雑草も人間も例外はない。

一瞬だが牧草地にするのをやめようと思った事もあった。
でも、そうしたって牛を入れる事で絶える命もいっぱいあることには変わりがない。
そもそも命を奪わずに生きると言うこと自体が生命として不可能だと言う事。

命を奪う事で継続している世界。
そこに善悪なんてものはない。
殺し殺しの連鎖で生命は成り立っている。

普通に考えたら単純に殺し殺しの連鎖ならば生命そのものがなくなっていてもおかしくはない。
でもでもでも、その連鎖の中で生命は継続している。

これってものすごく複雑で、ものすごくシンプルな世界だと思った。

農業はサイエンスであるけど哲学でもあると思っていて、もちろん産業だから経営学も入るんだけど、考え方と言う所を自分の中ですごく大事にしている。

殺し殺しの連鎖の中でも生命が続いている事実から、僕は生命が向かう方向があるのだと思った。
(こういう話になるとすぐ「宗教」だ。とかキワ者扱いされるの何とかならんかな・・・)
人間の向かう方向ではなく、生命の向かう方向。
以前「」というタイトルでブログを書いたが、そこでも書いたとおり命って言うのは「意思」なんだと思う。
http://beefcattle.exblog.jp/15402251(読んでみてください)

僕の仮説だけど意思というのは生命そのもので肉体に宿るものだと思う。
そう考えると受精卵からの脅威的なスピードでの誕生や死後一気に進む腐敗も納得がいくのだ。

意思は何度も巡っては宿る。
そして意思の抜けた肉体・有機物は分解され次につながる。
そう結論付けました!!(暴論)

Q:じゃあ何のために意思があるのか?
A:想像するために。
Q:なにを?
A:愛を。
って、それが命の向かう方向だなと思ったわけです。

そうでなかったら命の奪い合いの連鎖は破滅しかないじゃない。
ありきたりな言葉だけど、人間も例外なく自然の一部なんだと痛感しました。

結局それで何が言いたいかと言えば、何のことはない各々が精いっぱい生きるしかないってことなんだ。
朽ちたドングリも淘汰された木も無駄にはならない。
もっと言えば牛を殺して山にほかしてもその肉体は無駄にはならない。
循環する。
燃やそうが野ざらしにしようが食べようが無駄なんてない。
全部回っている。

だからと言って淘汰された木に生きる意思がなかったかと言えばそんな事はない。
殺される牛が美味しく食べてくれてありがとなんて思うはずもない。

各々が生きようとする意思を持っている。
だから僕自身も淘汰されたくないし生きようと思う。
と同時に子供も幸せに長生きしてほしいと思う。

大切な人を大切にしたい。

これが結論だ。
何かを成し遂げる事が生きる意味ではなかった。
大切なものを大切に、愛情を注ぎ、自分を生ききる。

生きるためには命を奪わなくてはいけない。
牛も殺す。
そこにためらいはない。

ただ、僕個人として生きている間は愛情を注ぎたいし、肉になったらありがとうって思って食べたい。
それだけだ。
強要する気もない。
牛がどう思うかは関係ない。

そして、自分の身近な大切な人、わざわざうちのお肉を買ってくれるかたにはちゃんと喜んでもらいたい。
思いを注ぎたい。

放牧だからとか霜降りだからとかほんまに些細なことだ。
何が正しいかなんてない。

殺し殺しの連鎖と、必ず死ぬという事実。
そして命(意思)は巡るという仮説。

価値観は環境と思考が生んだ個人個人の好みでしかない。
だからどんな意見も否定する気もない。
全ては好みだから。

だからこそ好きな人、大切な人、自分にとって大切な物事を見失わず大切にする生き方を選びたいと思った。
そのためにも儲ける必要があるし、今の経営も放牧牛肉も自分にとって必要だと考えている。
だから続ける。でも、手法にこだわらない。
漠然とした未来のためでなく、自分自身を生きるために。

哲学的な話はこのくらいにしておいて。。。

いよいよ来月から放牧敬産牛肉「ひでふく」の販売開始です!!
具体的な取り組みについて書いて行こうと思います。

(その5に続く)
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Top▲ | by beefcattle | 2012-10-27 00:27
放牧牛肉に向けた取り組み その3
悶々とした思いに蓋をして、事業の概算を出すための測量をお願いした。

現場は藪になっているところも多く、測量の手伝いに行く事になった。
土建屋さんに「ここはこういうラインでとってください」「ここ一帯を抜根して、その際ここにある木も伐採して」など、自分の要望をお願いする。

笹藪であったり、2m50cmもあるススキ畑であったり、森であったり、色々な場所がある。
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そこでとれる牛の草量は、一般的な牧草の放牧地に比べとても少ない。
笹なんて一度食べちゃえばその年はおしまい。
結果的に放牧出来る頭数は少なくなってしまう。
今回の事業でそれら全てが牧草地になれば、放牧頭数は増え、牛にとっての環境面も改善される。
経営的にも大きなメリットを産む。

毎日1/2500の図面を見ては、完成した放牧場の姿を思い浮かべていた。
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時間とともに虚しかった気持ちよりも完成した放牧場がもたらす経営的なメリットの方に心が傾いて行った。
今年2月におきたマイコプラズマの事故を含め、現状は非常にシビアな経営内容。
気がつけばすぐ目先の勘定を優先している自分がいる。

そんな状況で測量に臨んだ。

ここは「夢」が生まれた場所だ。
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「ここら辺の木も全部切ってください」

そうと言いながら僕は何かいけない事をしている気がして仕方なかった。
牛のため。良い山を作る。自然と調和した牧場・・・・
そんな事を言いながら、目の前には何年も生き抜いた木が生えそろっている。
それを全て切って、根も掘り起こし、表土も剥ぐ。
調和と言いながら、何十年、何百年と積み上げられてきた環境を破壊しているんじゃないのか。。。

ふっと上を見上げたら木の枝が伸びていた。
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この木の枝を見て呆然としてしまった。
今までまどろんでいたものが全て繋がった気がした。

写真では分かりにくいかもしれないが、枝と枝がありえない角度で、ありえないスペースをぬって、お互いをよけるように止まることなく1本1本伸びている。
これって当たり前の光景かもしれない。
でも、僕にとっては違った。

この木たちは生きている。

植物も生き物とよく言うが、「成長するから生きている」くらいの認識でしかなかった。
でも、この木を見た時に思ったんだ。
これは意思だって。
意思なしにこんな形などあり得ないって思った。感じた。

木の1本1本に意思を感じた瞬間、
猛烈に恐怖心と言うか罪悪感のようなものが襲ってきた。
10頭ほど放牧頭数を増やすために、いったいどのくらいの意思を消すんだろうって。

戦後の植林政策で過剰に植えられた杉やヒノキの山と、広葉樹が多い茂る山。
どちらがいい山だなんて、なんておこがましい考え方をしていたんだろうと。。。

線香林と呼ばれる山がある。
でも、ひょろひょろの杉やヒノキも、何百年経った栃の木も、同じ意思を持つ生命。
どちらが上だとか下だなど言えない。
どちらが素晴らしい命かだなんて言えるはずもない。

兵庫県で言えばほとんどが二次林(人の手が入っている林)だそうだ。
六甲山なんかは明治初期は伐採によってはげ山同然だった。
杉・ヒノキの林=人工林
広葉樹の森=自然林
そんなものはイメージでしかなく、今の広葉樹林も目的があって植林されたもので、薪などの利用がなくなった現在放置されていると言うだけ。
杉やヒノキの森が荒れていて生き物が住めない。のではなくって、杉やヒノキそのものが意思を持った生命。

だから「山にとって良い」とか「荒れた山」という表現自体がおかしなニュアンスなのだ。
山は勝手に成り立っている。
そう感じた。
今ある杉林も広葉樹林も何千年とほったらかしていたら、同じようにその環境にあった山に勝手になる。
勝手になるんだ。

確かに何十年もたっているシイの木とかコナラの木とか、迫力ある。
生命力を感じる。

と、同時に足元を見れば朽ちた木や枯葉やドングリがある。
その下には腐葉土がある。

腐葉土は朽ちた木や枯葉や微生物や動物の死骸や色んなものがまじりあって出来ている。
その中にはもしかしたら何千年経っていた木もあるかもしれない。
ドングリの時点で腐ったものもあるかもしれない。
それぞれのドラマの積み上げられたものが今。

今ある木だってそうだ。
但馬は雪が多いので傾斜地の木の根元は雪の重みで曲がって生えている。
すっと伸びた木の途中でおかしな曲線を見れば、その年に大雪があったのかななんて想像してしまう。
それぞれの木にはそれぞれのドラマがある。

人間だって同じだと思った。
各々ドラマがある。
今、有名な人もいれば、聖徳太子みたいに今もなお名が残っている人もいる。
同じように名前も残っていない数え切れない人が過去にいる。
現在も生まれては死に、生まれては死ぬ。

朽ちて消えていった木は今ある木の成長を支えている。
1000年の木も1年のドングリも。
木だけではない、森にはたくさんの動物も昆虫も爬虫類も両生類も鳥も節足動物も微生物も信じられないくらいの命にあふれている。
その中に我が家の牛もいる。
その中に人間の営みもある。

数十頭の牛と人間を養うため、木を切り、根を起こし、表土の中にいる数え切れない生命までも奪い、
「これは環境に良い牛飼いです」
なんてほざけるか!!
と思っちゃった。

ここを牧草地にする意味って何なんだろう?
山の中で一人でずっと考えていた。

少なくとも「環境に良い」なんて言葉は存在しない。

ただ、自分がどういう選択を取るのか。
答えは出た。


(その4へ続く)
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Top▲ | by beefcattle | 2012-10-26 22:07
放牧牛肉に向けた取り組み その2
「30年かけて牛と一緒に山を守る。その延長線上で牛肉生産をする。」

そんな取り組みをしている僕は【良い事】を行っている。
そんな気持ちが潜在的にあった。
ただ、それに酔ってうかれていたわけでもなかった。
なぜなら目の前にお金が回って行かないという現実があったから。

それでもこの大照山の10haを牧場にする事は意義がある。
これが今僕の具体的に出来る事だから。
そう思って前に進んだ。
家族総出で牧場づくりに向かった。
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日本中には山がたくさんあり、国土の7割以上を山林が占めている。
逆に言えば平地は少ない。
その全ての平地で作物を作ったと仮定しても、日本人全ての食糧はまかないきれないのが現実。
だからこそ作物の作れない山で牛肉を生産する事が出来れば、荒れていた山の管理にもつながり、食料の自給率も上がる。

山にはたくさんの木がある。
戦後の国の植林政策で杉やヒノキが大量に植えられた。
その山は木材価格の下落とともに放置され、間伐されず細く伸びた木が密生し「線香林」などと呼ばれる森になっている。
地面に日が差さないので森の中は土がむき出しの状態。
生き物の住めない森。

そうではなくて、広葉樹等の豊かな森と、そこに放される牛達。
そしてその山で生産される牛肉。
イメージとしては最高だ。

間伐して、森に日光を入れ、牛を放し、最終的に芝の生える牧場にしていく。
そうすれば山にとっても牛にとっても人にとっても良い環境が作れるはずだ。

そんな牧場を牛と一緒に作っていくには何十年って言う期間が必要になる。
だから一生をかけてやらなくてはいけない。
そう思ってきた。
行動もしてきた。

具体的には牛を山に放し、下草を食べさせる。
その後人間が山に入り間伐をする。
今まで密生して日光が入らなかった森の中に光を入れる。
牛の餌となる下草が生える。
さらに野芝などをスポット的に移植し、放牧場に向けて手を入れていく。
その芝も5年ぐらい経たないと増えてこない。
間伐する事で太い木材生産に繋がり、同時並行で牛肉の生産も出来る。
だけれどもそんな牛肉生産の事例はない。
自分で作らなくてはいけない。
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そんな時にすごく大きな話が舞い込んできた。
国の補助金で山の草地化の整備が出来るというのだ。

この事業に採択されるかはまだ未定だけれど、補助金が下りれば30年かけて草地化しようと思っていたところがあっという間に牧草地にできる。

土建屋さんに頼んで木を切り、抜根して、ブルでならして、牧草の種を播種する。
数ヶ月あれば出来る。
願ってもない話だ。
目の前がバッと開けた気がした。

補助事業の申請には概算を知るために見積もりを取って回る必要がある。
抜根などの土木工事は土建屋さんが本業。
話を聞いてもらいに行くと、「わかったわかったこうしたらええんやな」と僕の要望を簡単に聞いてくれた。

大きな公共事業などをされてきた土建屋さんにとって10haくらいの面積の開墾など難しい事ではない。
もちろんお金はしっかりとかかるのだが、作業としては数ヶ月の作業。
お金がかかると言っても土建屋さんの事業全体から見たら放牧場の整備にかかる金額など小さなものでしかない。

見積りをお願いした土建屋さんは本当に親身になって聞いて下さった。
しかし、それとは裏腹に自分の中でどうにも晴れない思いが残っているのを感じた。

話が進めば進むほど晴れない心。
何故なんだろう?30年かけてやろうとした事が来年には実現できているかもしれないのに。。。

逆だった。

自分が人生をかけてやろうと思っていた事。
それって土建屋さんにとっては大した利益も出ない、たった数ヶ月で終わる仕事。

あれ?俺が人生をかけていたものって、そんな小さな事だったんだろうか?
「儲からなくても続ける。」と思っていた信念が、すごく小さなものに思えて仕方なかった。

『自分のやろうとしている事は食の安全を支える基盤作り。』
でも、自給率100%の牛が50頭いたって、日本中のお腹を満たせるわけがない。。。

基盤作りと言う大義名分。
大義名分と言う名のマスターベーション。
自分の思いってそんなものだった、、、のか????

せっかく全国から放牧ツアーを通して牧場を見に来て下さっている中、肝心の僕は歯切れの悪い対応しかできなかった。



(その3につづく)
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Top▲ | by beefcattle | 2012-10-26 13:51
放牧牛肉に向けた取り組み その1
いよいよ今年のお肉販売が始まる。
日々の事、お肉の事、牛の事いろいろ書きたい出来事があったのだけど中々パソコンの前に座れなかった。
忙しさもあったが、自分の中で消化できていない思考が残っていたから。

僕は今、放牧で牛肉を生産しようと完全グラスフェッドの但馬牛の去勢を2頭飼育している。
「夢」と「元気」と言う名前の牛だ。
グラスフェッドとは穀物を与えず牧草だけで牛肉まで飼育する方法。
牧草だけなので脂肪は少なく、増体も悪い。
もちろんサシは入らない。

但馬牛という黒毛和種の中でも特別小さく、和牛の世界でも特殊な「品種」の牛を、完全に草だけでお肉にする。
過去をさかのぼっても、世界中探しても絶対にここにしかありえない取り組み。
それは逆にいえば、それだけ無茶な発想で、「なんで但馬牛なんだ!」「どうしてもやりたいなら違う牛でしたらいい」そんなことばかり言われてきた。
たとえ100,000人牛飼いがいても、こんなことを行う人なんて一人もいない。
素人の道楽ならまだしも、業界内では「革新的」ですらなく、「異常」な取り組み。。。
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現在はこの「放牧牛肉」と同時並行でお肉になる直前の半年間を放牧で仕上げる「放牧敬産牛肉」というお肉をインターネットで販売している。

HPはhttp://tanatiku.com
今年は3頭の牛をお肉にする。

そもそも何故こんな事をしようと思ったかと言えば、平成18年に起きたエンドファイト中毒がきっかけだった。
当時の僕は15頭ほどしか牛がいなくて、牛飼いだけで食べていけなかった。

実は就農してから2年間は県と町から毎月合わせて15万円の補助をいただいていた。
それで餌代と生活費をまかなっていたのだ。
当然のことながらそんな補助はいつまでもあるものではない。
1年目5頭、2年目8頭、3年目15頭。。。。
生活のために一刻も早く牛を増やして売上を上げる必要があった。

しかし、当初借りた牛舎は親牛10頭入ればいっぱいいっぱい。
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場つなぎ的に村岡に、小代に、新温泉町にと牛舎を借り、借金を重ね牛の頭数を増やした。
牛舎をどこかに新築しなければもう回らなくなっていた。
そんな時に進めていた牛舎建設が白紙になる。

お金は借りているので牛は増える。
牛舎が無いので間借りして置かせてもらう。
一から牛舎建設予定地を探しなおす。
そして今の地主さんとの出会いで土地を確保できたものの
牛舎の設計、補助事業の算段、牛の導入、点在する牛舎、記録的な豪雪。。。
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機械も何もなかったから、糞尿もスコップでトラックに積んでは40分かけて深夜隣町の堆肥センターまで持って行ってはフォークで下ろす。
雪が降ったらスコップで1日中除雪。
そんな事ばかりに手が取られては何も進まない。

完全に頭も手も回らなくなっていた。
毎日イライラして、焦っては他人を否定し、周りを巻き込んだ。

牛も見られなくなっていた。

そんな時に6頭の牛の足が壊死している事に気が付く。
それがエンドファイト中毒(フェスクフット)
牧草のカビ毒から来る中毒症状だ。
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末期症状で全ての牛が廃用となった。
足が痛い牛を治りもしないのに何とかお産まで持つようにと毎日治療する日々。
そんな現状が続くと可哀想という感覚もマヒしてしまっていた。
ある日牛舎に行き「ああ、またあの(エンドファイト中毒の)牛、足痛いんか」と思いながら横目で見ていたら、実は陣痛で子牛の胎位がおかしく難産だった。
結局子牛は死産。
さっきまで生きていてサインを出していたのに。
親牛もそのままフェスクフットで予後不良との判断で廃用。
牛が好きで始めた牛飼いだったが、逃げたくて仕方なかった。

食べさせていた牧草や配合は全て海外からの輸入飼料。
「国産牛は外国産よりも安全。但馬牛・神戸ビーフは信頼されている」
そんな事を自分で言っていた一方で、
「BSEでアメリカ産は危険と言いながら、牛が食べている者はアメリカ産。牛が食べた物から牛肉が出来るのに何を持って安全って言うんだろう?」
そんな今まで蓋をしていた思いが次々出てきた。

結論から言えば、これらはエンドファイトを含め、すべては自分の管理不足でしかない。

でも当時の僕はそんなふうに冷静に見られなかった。
色んな大切な人や事柄がガラガラと音を立てて壊れていく一方で、どんどん進む規模拡大。
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怒りの矛先は「輸入飼料」だった。

しかし、輸入飼料に頼らない経営など現状では不可能だった。
頭数を減らし、機械に投資し、狭い但馬の谷沿いの農地をいくら確保しようがしれている。
例え飼料自給率100%で子牛を生産してもも、子牛市場での評価とは全く関係が無い。
そもそも買われた先の肥育農家でしっかりと輸入飼料で肥育されるから何の意味もなさないじゃないのか。

「食の安全って何なんだろう?」
「自分の仕事は何なんだろう?」
毎日悶々と葛藤した。

考えて考えて出た答えは「食の安全=食べるものがある社会」
だからこそ海外に依存せず、地域資源を活かした牛肉生産をする必要がある。
牛は豚や鶏と違い、人間が栄養と出来ない繊維を消化吸収し牛肉や牛乳というタンパク源を作り出してくれる動物だ。
家畜の事をライブストックと言うがその名の通り、生きているだけで食料の備蓄になる。
世界では飢えている人間がいる現実で人間の食べる事の出来る穀物を牛に与えることへの違和感。
地域資源を生かした牛肉生産の必要性。

でも、具体的に何をすればいいのか分からなかった。
借金もこれから返済のピークが迫ってくる。
何もかも中途半端な僕が、出来ることなんて何もない。
そう思っていた。

ある日、山の上にある放牧場で牛を見ていると「牛っていいなあ」という思いが湧いてきた。
自然の中で生きている牛は美しい。
そしてその時、放牧場から見た景色に心が動いた。
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「目の前にはこんなに山がある。牛の食べるものが無数にある。この山全部使って放牧すれば食の安全に繋がるんじゃないのか?」
そう思った。

「放牧で牛肉生産をしよう」
そう考え、あとはひたすら突っ走った。

牛肉の味を決めるのは出荷前の半年が重要だという事を知り、2008年から「放牧敬産牛肉」の生産。
その普及のために全国飛び回った。
毎週飛行機に乗っていた。

過労で倒れて入院。
飛び回っていた先で出会った妻との結婚。
子供の誕生。

無我夢中で走った。
「そんなことしている場合じゃないやろ!!」何十回も言われた。
自分ひとりでやる限界も感じていた。
でも、ここで引いたら自分の生きる根本がなくなってしまう。
限界を感じながらも進んだ。

いつの日か放牧牛肉と言うジャンルが出来て、日本中で普及すれば食べる物の確保につながる。
自分の子供たちに安心できる社会が残せる。
その思いだけで動いていた。

しかし、子供たちに安心して生きていける社会を残す前に、子供たちが安心して生きていける生活を維持するのもいっぱいいっぱい。
昨年10月から鬱病で通院中。

それでもこの荒れた山の放牧場を牛と一緒に整備する事で未来につながる一つのモデルになれば。
大照放牧場を30年かけて牛と一緒に拓いて行こう。
これに人生かけて取り組もう。
そう思っていた。

それがついこの間までの事だった。。。




(その2へ続きます)
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Top▲ | by beefcattle | 2012-10-23 22:09
放牧ツアー2012
放牧牛パートナー制度の『放牧ツアー2012』を10月の16~17日、22~23日と行いました。
今年も静岡、京都、東京、埼玉、神奈川、兵庫県内と全国各地から牛の「夢」や「元気」達に会いに来てくださいました!!

田中畜産のある兵庫県美方郡は但馬地域と呼ばれる但馬牛の産地です。

と、そこまでは知っていても。。。
いざ来るとなると、「こ、こんなに遠いの~!!!」と言われる事が多い場所です。
兵庫県=神戸のイメージを持っておられる方が多いのですが、僕の牧場は日本海まで車で5分の距離。
神戸までは3時間。
神戸よりも鳥取が近いという場所にあります。
(今回神奈川から10時間以上かけてこられたご夫婦もおられました!!)
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雪もどっさり降るし、スキー場もたくさんあります。
【弁当忘れても傘忘れるな】と言う言葉が昔からあるように、とにかく雨の多い地域。
おまけに山沿いの谷に沿って集落があるので、利用できる土地が少なく90%が山地と言う地域なのです。
でも、そんな辺鄙な場所だからこその風土があり、但馬だからこそ生まれた但馬牛。

そして、山が多いからこそ始めた放牧牛肉。
但馬牛のグラスフェッド(生まれてから穀物を与えず完全に草だけでお肉まで飼う飼育方法)
そのお肉になってくれる「夢」と「元気」
僕の無謀な思い。
それを支えてくれたパートナーの皆様。。。
その全てを繋げる特別な日が放牧ツアーです。

今年は「夢」がお肉になる年になります。
4年間続いた夢のパートナー様にとっては最後の放牧ツアーです。

「どうしてもスケジュールが合わなかった。」
「出産したばかりで子供が小さく、行きたくても行けない。」
そういったパートナー様の思いもたくさん集まり、本当にたくさんの思いが集まった放牧ツアーとなりました。
少しでも雰囲気が伝わればいいなとブログにしました。

まずは13:00に田中畜産に現地集合です。
牛を通して顔なじみななった方もいれば、初対面の方もいます。
でも、「夢」「元気」という共通の牛たちがベースなので、すごく違和感なくお話が進みます。

14:00に鍛冶屋放牧場へ到着。
ここは元々水田だったのですが、耕作放棄地となっていました。
2m以上ののススキはもとより、木まで覆い茂っており、それに絡んで蔓が這っているのでまさにジャングル。
4年前に牛を放した時は放牧のベテラン牛達がパニックになり、2頭も崖から落ちると言うハプニングになるほどの荒れっぷりでした。
しかし、この4年間で地形がしっかりと確認できるまで牛たちは草を食べてくれました。
その鍛冶屋放牧場に今年お肉となる「みつこ」「ひでふく」がいます。
彼女たちの頑張りと生きている環境を実際に見ていただきました。
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15:00には我が家のメイン放牧場「大照放牧場」へ
いよいよ「夢」「元気」との再会です。
森の中にいる牛たちに会い、牛の話、森の話、命の話などをさせていただきました。

(牛を発見!!)
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(真剣に写真撮影)
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みんなで森を歩き、牛を発見し、最後は頂上の草原でゆっくり「夢」「元気」牛たちを【見るだけ】の時間です。
放牧ツアーは何かドラマチックなイベントを提供するのではなく、淡々と過ぎる山の時間、そこにいる牛たちをただ意味もなく見るだけの時間を大切にしています。
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非日常ではなく、牛のいる日常を見ていただく事。
それは結局ドラマチックなものは目の前に無数源にあって、時間をとる事で各々感じていただくものが本当の価値だと心から思っているからです。


おふろに入った後は牛舎で放牧敬産牛肉「ふくさと」のバーベキューです!!
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牛舎で牛を見ながら草のイスに座り、コンパネのテーブルでひたすらお肉を食べ、大人も子供もごちゃまぜで食べて飲んで話して寝転んで星を見たりしました。
ツアー開催前に
「今回はお腹いっぱい食べられるお肉と心いくまで飲めるお酒を用意します!一人お肉500g、日本酒5合はいけるメニューです!!」
と半分冗談で言って用意していたら、、、なんと9割8分クリアしていました(笑)
ちなみに日本酒は玉川の純米無ろ過生原酒、奥播磨の純米吟醸袋絞り22BY。
どちらも近場の酒蔵の銘酒たち。大活躍でした!!

2日目
我が家でみんなで朝ごはんを食べます。
前日はお肉とお酒がメインだったので、朝食はサンマをつみれにしたつみれ汁と、おにぎり。

そして、ご飯を食べればいよいよ放牧牛ハンバーガー作りです!!
また肉です!!!
放牧敬産牛肉「ふくさと」の切落しを包丁でミンチにし、そのあと各々で好みのハンバーガーを作っていきます。
つなぎを極力なくした、まさに『肉の塊ハンバーグ』でのハンバーガーは、肉汁たっぷり!食感抜群!
そして、めっっちゃくちゃ肉の味の濃い最高のハンバーガーでした!!!
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10:30、ハンバーガーを持って大照放牧場へ。
牧草の種蒔きをお願いしました。
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牧場から下を見ると虹が出ていました。
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12:00、牛と一緒に山頂でハンバーガーをがぶり!!
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と、行くはずが雨が強くなってきてしまい結局放牧場でのハンバーガーは食べられませんでした~。

そして放牧ツアーは終了。
何だか最後がしまらなかったけれど、最後ではありません。
本当のラストは「夢」のお肉と思い出を届ける事。。。


実際4年間(50ヶ月)お付き合いいただいたけど、僕は何を提供できたんだろうと今でも後悔する事が多い。
それでも淡々と牛と田中畜産の日常に、一緒になって寄り添っていただいた事。
どんな状況下でも応援いただけた事。
本当に本当に感謝しています。

先ずはパートナーの皆さんにお腹いっぱい食べていただきたい。
いっぱい冷蔵庫にしまってほしい。
いっぱい友達に自慢してほしい。
いっぱい家族で話してほしい。
いっぱい夢を感じてほしい。
笑顔になってほしい。

そうやってみんなに届けたのち、残った「夢」のお肉の一般販売を行いたいと思います。

夢をどう届けよう?どう食べよう?どう伝えよう?
気がつけば提供する側の僕も「夢」のパートナーの一人になっていた。

これがすべてではない。
でも、それでいいと思う今です。

進もう。
進もう!!
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Top▲ | by beefcattle | 2012-09-27 12:07
但馬家畜市場9月市
9月12日は牛市でした。

本来なら9月・10月・11月・12月は毎月6~7頭出荷するのですが、今月は3頭だけ。
来月は1頭。。。

死んだ子牛達の精神的なダメージから回復して来た頃に、資金的なダメージが目に見えてきた感じです。
乗り越えていくしか道はないので、受け止めて進むだけです。

今回の牛市で久々に名簿を見ずに1頭1頭の牛を見ました。
そして改めて思った事。

肥った牛が多い。。。
そして、その牛の値段が高い。
(子牛は脂肪つけて出荷すれば体重が乗って高く売れる。そういった牛は購買先で大成しないと言うのが通説。しかし、それでも肥った牛は依然高い)

そこまではある程度お馴染みの光景でもあるんだけど、

肥えておらず筋肉質で体重も乗っている(DG1以上)牛の評価が、単に肥っている牛よりも低い。
何故???
すごい技術だと思うんだけど。。。(僕の技術とは見ている次元が違う。。。)

農家ごとに牛の個性、飼い方、考え方が見事に出ている気がしました。

でも何言ったって、結局は売値というのは決められない。
値段を決めるのはお客さん。
自分で本当に決められるのは経費だけ。

だからこそ目先の売値とその牛の姿に踊ったらあかんよな。。。
自分の目指す子牛の価値は。。。
そんな事を再確認しました。
そのためにも「経費」が大事。

今回5年ぶりくらいに配合飼料を変えたんですが、
260日齢で乾草6kg、配合4kg、出荷前は乾草6.5㎏食べるマスができました。
但馬牛です。
自分でもびっくりでした。
(牛飼いじゃないと分かんない感覚ですいません。)

毎日牛を見ていて、納得がいって牛市に出したのですが、何か周りに比べて貧相。。。
だけどただ単に大きい牛にするのって違う気がするし。
更に今の飼い方も経営的に良い方法かと言えば、ずれている。
まだまだ高コスト体質、儲けが少ない。

もっともっと勉強しないと生き残れないなと感じた牛市でした。。。

市況は
雌118頭 最高741,300円 最低217,350円 平均363,647円(前年同期比39,185円安)
去勢222頭 最高598,500円 最低306,600円 平均439,936円(前年同期比2492円安)
我が家は去勢3頭で平均ちょい上くらいで買っていただきました。

ご購買いただいた肥育農家の皆様、ありがとうございます。
もっと「飼いたい!」と思える牛で、しっかり食べ、すんなり大きくなり、出世する子牛生産に励みます。

もっともっと安く子牛を仕上げていきたい!
それは牛の事を理解し、牛の事を考えないと出来ない事だと思うから。
そして利益をしっかり出して、自分の大切な人や牛や物事に還元していきたいな。

あ、ちなみに1頭導入しました。
「あきふく3」ちゃんです。
父:丸富土井 母:あきほ5 母父:福芳土井 母母:あきこ 母祖父:照長土井
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だいぶ基盤が出来ました。
当分牛は買わず、見えないところをコツコツ地味に進みます。

明日は放牧ツアーです。
毎年毎年緊張するね~。
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Top▲ | by beefcattle | 2012-09-15 21:33
招待
こんばんは。

ここのところずっとバリバリバリバリの仕事モードです。
しかし、何だか虚しい。。。

マイコプラズマからの経営危機から一歩一歩。
少しずつ行動が数字として見えてきたのは良い事なのですが、見えるだけに先の長さにへこたれそうになることもしばしば。

そんな時、放牧場で「夢」と「はるか」がやる気満々でした!
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おっしゃ~頑張ってるな~、俺もあやかって頑張るぜ~。。。。って。
発情してるやん!!!!
11月分娩予定のはるかが流産して発情していました。。。。

コツコツと地味に空胎期間を70日まで縮め、あと1日縮めたら69日!と思っていた矢先。
痛い!!!痛すぎ!!!

でも、仕方ない。
誰も悪くない。
また一歩一歩進もう。

何だかんだと言いながらも、ちょっとずつ牧場全体が改善されてきています。

260日齢で乾草6.5kg(配合4kg)食うマスができました。
但馬牛で異常な食いっぷりです。

繁殖成績もずいぶん良くなった。
目標の54日はまだ先だけど。。。

課題だったお金の感覚も見える化が出来てきた。
実際、ここ2カ月は過去3年同期に比べ80万以上経費削減が出来ている。
6月で営利120万円プラス。7月で50万円プラス。
出来すぎだ。
まだ未払い金いっぱいあるけどね・・・・

お肉に対しても自信が持てるようになった。
もうバンバン届けて喜んでもらおうって思っている。


でも、実は1カ月ほど前、大事にしていた心の根っこを自分で折るという選択肢をとろうとした事がありました。
今振り返ると踏みとどまってよかったと心から思うのです。

迷い、葛藤の中で、友人のFBから素敵な詩を知りました。
末期癌だった知人からの僕の生き方、あり方への感謝のメッセージが僕を守ってくれました。。。
尊敬する牛飼いの先輩との死別から、自分の生涯のあり方について強く考えさせられました。

基本的にこのブログは「僕の言葉」しか載せないのだけれど、自分で迷った時に読み返すためにも今ここにその詩を載せようと思います。

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「招待」

あなたが生活のために何をしているかはどうでもいいことです。
私はあなたが何に憧れ、どんな夢に挑戦するのかを知りたいと思います。

あなたが何歳かということも関係のないことです。
あなたが愛や夢や冒険のためにどれだけ自分を賭けることができるか知りたいのです。

あなたがどの星座の生まれということもどうでもいいことです。
あなたが本当に深い悲しみを知っているか、人生の裏切りにさらされたことがあるか、
それによって傷つくのが怖いばかりに心を閉 ざしてしまっていないかを知りたいのです。

あなたが自分のものであれ、人のものであれ 、痛みを無視したり、簡単片づけたりせずに 、
それを自分のものとして受け止めているかどうかを知りたいのです。

また、喜びの時は、それが私のものであれ、あなたのものであれ、心から喜び、
夢中になって踊り、恍惚感に全身をゆだねることができるかを知りたいのです。
気をつけろとか、現実的になれとか、たいしたことはないさなどとは言わずに。

私はあなたの話すことが本当かどうかには関心がありません。
私はあなたが自分自身に正直であるためには 、
他人を失望させることでさえあえてすることができるかどうか知りたいのです。
たとえ裏切りだと責められても、自分自身の魂を裏切るよりはその非難に耐える方を選ぶことができるかどうかを。

たとえ不実だと言われても、そんなときにあなたがどうするかによって、
あなたという人が信頼に値するかどうかを知りたいのです。

私はあなたが本当の美がわかるかを知りたいのです。
それが見た目に美しく見えない時でも、毎日そこから本当に美しいものを人生に汲み上げ ることができるかどうかを。

私はあなたがたとえ失敗しても、それを受け止めてともに生きることができるかどうか、
それでも湖の縁に立ち、銀色に輝く満月に向かってイエスと叫ぶことができるかどうかを知りたいのです。

あなたがどこに住んでいるか、どれだけお金があるかはどうでもいいことです。

それよりも、あなたが悲しみと絶望に打ちひしがれ、どんなに疲れ果てていても、
また朝が来れば起き上がり、子供たちを食べさせるためにしなければならないことをするかどうかを知りたいのです。

あなたが誰をしっているのか、あなたがどうしてここに来たのかは関係ありません。
私とともに決してひるまずに炎の只中に立つことができるかどうかが知りたいのです。

あなたがどこで、何を、誰と勉強したかはどうでもいいことです。
私が知りたいのは、皆が見捨てた一人になった時、あなたの内側からあなたを支えるものは何かということです。

私はあなたが自分自身としっかり向き合い、
その何もない時間の中にいる自分を心から愛しているのかどうかを知りたいと思っているのです。

by オライア・マウンテン・ドリーマー(ネィテ ィブ・アメリカンの長老)

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たった今、娘が「んふぅ~」と寝言でにっこり笑いました。
どんな夢を見ているんだろうか?
お父ちゃんは気になって気になって、あまりにも寝顔が可愛いので、今日も一緒の布団に入って寝ようと思います。

家族が僕にとっての「土」
根っこを伸ばす場所、命を育む場所、還る場所。かな。

さあ寝ようっと。
おやすみなさ~い。
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Top▲ | by beefcattle | 2012-08-22 23:11
#800
最近思うように鎌が走らないので砥石を新調しました。
削蹄道具は全て砥石を使って手で砥ぎます。
砥石にはザラザラしたものからつるっつるの物まで千差万別。
#250などと書いてあるものは表面が粗く、文字通り粗く砥げます。
粗砥は大きく欠けた刃物を直す時や、ぶ厚い鉈を薄く寝かせて砥ぎ直すときなんかに使います。
細かいものになると#8000など。
仕上げ砥石なんて言われていますね。
#の数値が大きくなるほど刃はピカピカのスベスベになりますが、砥ぎ終わるまでに時間がかかり過ぎ、歯こぼれの多い削蹄道具を砥ぐのには向いていません。

いつも使っていて丁度いいのが#1000。
以前#1200を使った時は砥ぎ終わるまでの時間が全然違い、たった200の差でも大きいなあと思ったものでした。
なので今回も#1000を探したのですが、どこのホームセンターにも#1000だけ無いのです!
かわりに#800と#1200が。。。。
「1200は嫌だなあ~。800か~、切れ味悪くなるんじゃないかな~。」
と思いながらも#800を購入しました。

しか~し、#800、良いですね~。
寝かして砥ぐのに丁度良い!
(上が砥いだ鎌)
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今まで相当癖のある砥石で砥いでいたので、砥ぎ直すのに30分くらいかかりました。
砥ぎながら鎌を見ては「ここの刃の角度と触った感触がいい。。いい~。。。」などと一人でニヤニヤ。。。
砥石の#数が大きくなるほど綺麗な刃になりますが#800でも十分。
今日も削蹄だったのですが、気持ちいいくらい鎌が走ってくれました。

削蹄を始めた当初は中々鎌が砥げず、何時間もシコシコと砥ぎ続けて砥石に擦れた指から血が出るなんてしょっちゅうでした。
でも、いくら砥いでも上手くならない。
削蹄しながら砥ぎ方も順々に分かってきた気がしています。
砥ぎ方も人それぞれの癖があって、切る人の切り方の癖に合わせて微妙に違います。
それも削蹄の技術の一つ。
切る牛の蹄の状態によっても微妙に砥ぎ方は変わる。

簡単そうでも奥が深い「砥ぎ」
ちょい粗めの#800が思ったより使い勝手が良かったというお話でした。



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Top▲ | by beefcattle | 2012-08-02 21:16
やまけんのにほんまるごと食探訪
健康保険』7月号(健康保険組合連合会発行)の「やまけんのにほんまるごと食探訪」に但馬牛の事、そしてわが家の放牧牛肉の事を掲載していただきました~。
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2枚目の写真の右上、子牛から草だけで育てた去勢牛の『夢』がどどーんと載っています!!(5月~11月は放牧)。
夢も今年いよいよお肉になります!!!
完全グラスフェッド但馬牛。50か月。
業界の非常識というか、牛を知らない素人の発想。。。
でも、いい感じに大きくなってくれました!
熟成先を只今検討中です。

お母さん牛を放牧で仕上げたお馴染みの『放牧敬産牛肉』もおかげ様で完売!!
次回は12月の販売予定となります。

少しづつHPやブログで紹介していければと思っています。
楽しみに待っていてくださいね。

牛飼いはシビアに行きますが、お肉販売は焦らずじっくり育てます。
一歩一歩、ぶれずに真っすぐに。。。

お楽しみに~!!
ありがとうございます!!!
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Top▲ | by beefcattle | 2012-07-31 18:21
"Fallen Leaves" Skin
by Animal Skin
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