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ドライエージング
昨年の放牧牛肉テストマーケティングで光文書院の長谷川社長から「赤身肉のうまさを追及すべきだ」とドライエイジングビーフのことを教えていただきました。
ドライエージングとは牛肉の熟成方法の一つです。

牛の「筋肉」は屠畜後に死後硬直し、屠殺直後の肉は美味しくありません。
しかし硬直した筋肉は時間が経つとやわらかくなり、味や香りが向上します。
これは肉の中の酵素によりタンパク質が分解されて旨味成分であるアミノ酸に変わるためで、この「筋肉」から「食肉」に」かわる過程を熟成(エージング)といいます。

食肉の熟成方法は2種類あり、日本での一般的な熟成方法は「ウエットエージング」といいます。
ウェットエージングでは0℃から2℃くらいの冷蔵庫でさらしに巻いたり、真空パックに入れたりして5日から10日程度熟成させるやり方です。
前回の放牧牛肉もこの方法(真空パック)で熟成させました。
ちなみに熟成前のロースも食べてみましたが、硬く、えぐみがあり、熟成後の牛肉と全く違う味でした。

一方、このドライエージングは赤身肉の多いアメリカで行われている熟成方法です。
表面が露出した肉を風にあてながら熟成させます。
この方法は表面が乾いたりカビたりするため使用できる肉量が少ない上、熟成期間が1ヵ月以上もかかりコストがかかります。
ドライエージングにすることで歩留まりは4割も減ってしまうそうです!
だけど内部の肉は各段においしくなるということ。

そんなドライエージングに取り組まれているお肉屋さんが静岡県の『さの萬』さんです。
『さの萬』の佐野佳治さんいわく
「ドライエージングでは水分が高く繊維にとむ脂の少ない牛肉ほど上手くいく。そのため粗飼料多給で育った牛や放牧で歩き回った牛肉にも可能性がある」とのこと。
これだ!!!!!
放牧牛肉は歩留まりが悪いためドライエージングの歩留まりの悪さは考慮すべきなんですが、この熟成方法はまさに求めていたものでした。

また、ドライエージングってただ低温で乾かすだけじゃないんです。
佐野さんは当初アメリカの熟成庫と同じ設備をつくられたようなのですが、何度教わった工程どおり試みても単に水分の抜けたパサパサ肉になってしまったそうです。
それは何故か。
ポイントは微生物でした。
「熟成庫というより室(ムロ)のようなもの」
ドライエージングとは微生物による発酵もとりいれた技術なのだそうです。
面白いですね!
詳しくは現代農業の7月号に書いてあります。

今回このドライエージングビーフを注文しました。
7月ごろに試食会を行いたいと思います。
但馬近辺で放牧牛肉生産に興味のある方で試食会に参加希望の方、ぜひご連絡ください。
どんな肉なんだろう。楽しみです!
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           放牧牛肉「しょうふく」のロース面
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Top▲ | by beefcattle | 2008-06-24 18:34
ありがとう・さようなら・こんにちは
ここのところ何をしても力が入らず、自分でもどうしたのかと思うくらい倦怠感と脱力感につつまれ全く集中できずにいました。
「これはいかん!」
と、思いはするものの、どうしても力が入らないのです。

そんなときうちで生まれた牛の肉を肥育農家のHさんにいただきました。
「祭」という牛です。
祭は小さい頃からすごく体のきれいな牛でとても思い入れのある牛でした。
また、そのときの子牛市場の最高価格で買っていただいた牛でもありました。
早速その夜に焼き肉にしていただきました。
甘味があり、おいしかったです。
子牛から見てきたので美味しい美味しくないを超えて、食べながら「ありがとう」という気持ちが自然と湧きあがってきました。
よし、頑張ろう!
「祭は俺がなんとなく生きるために肉になったんじゃないんだ。」
もっともっと僕たちが日々充実して生き、かつみんなが充実して生きる社会をつくるための力として僕の前にいまいるんだ。
そういう思いで祭を食べた時、力が体の奥から沸々と出てくる感覚がありました。
祭、ありがとう。

しかし、その2日後の事でした。
僕が福井県に泊まりで削蹄に行っている最中「ずんだ(子牛)が死んだ」との連絡を受けたのです。
頭の中が真っ白になりました。
ずんだは生後1週間。
生まれて2日目にぐったりとしており、熱をはかると42℃と高熱でした。
急いで獣医さんにみてもらい、次の日には37℃に。
今度は低すぎます。
このまま下がっていけば死んでしまう。
毎日点滴をし、ミルクをやりました。
その甲斐あって「ずんだ」は立つようになり、歩くようになりました。
なにかおかしいとは感じていましたが、元気になっていくずんだを見て回復を確信していました。
僕は7年間牛を飼っていますが子牛を死なせてしまうことは1度もありませんでした。
だから子牛は「死なないもの」だとおもっていたのです。
生きているのはあたりまえだって。

原因は内臓破裂でした。
親牛が産んですぐ子牛を踏んでいたようです。
産室は5m×3.5m
狭いわけではありません。
初産でした。

このところずっと悩んでいました。
放牧牛肉を事業にしようと思えば思うほど「放牧」に取りつかれている自分に違和感を感じていました。
確かに放牧牛肉は必要だ。
でも目的じゃない。
目的は畜産を通し、食べる物に困らない社会と命に感謝する持続的な社会をつくること。
「人も牛もしあわせな社会」をつくる!
例えば単純に、生まれてから放牧場で野放しで、大きくなったら(ならないんだけど)牛肉にし、
「穀物でふとらせた不健康な牛肉と違い、放牧牛肉は健康的な牛肉です!」とか
「子牛から肉まで放牧で育てているのは日本では唯一うちだけ、これが本物の牛肉です!」
なんていいように言うのは簡単。
だけどそれは違うっておもう。
子牛から放牧をすることで低栄養や肺炎で死んでしまう牛もいる。
理想肥育で丸々太らせて心筋梗塞でポックリいく牛もいる。

牛は寿命まで生きることはない。
肉牛に限らず乳牛でもおなじ。
「祭」にしても「ずんだ」にしても同じ。
「放牧」しても「舎飼い」でも同じ。

あたりまえのことだけどやっぱりどんな大義名分があろうとも牛を死なせたくはない。
牛飼いならわかるだろうけど肉になる牛と事故で殺してしまう牛は同じ死ぬにしてもまったく違う。
経済動物といえども経済的損失なんてものを超えた、どこにもやりばのない虚しさと悲しさがある。
みんな牛が好きだから。

一番大事なのは牛が好きという気持ち。牛に感謝する気持ち。
食べる側のエゴや経営者の思いだけで理想や理念を牛に押し付けてはいけない。

生産者も消費者も「ありがとう、いただきます」と牛に感謝して食べる流れを作ろう。
消費者のニーズも大切だけどポジティブリストをはじめ過剰に安全性のみを追求することは一歩間違えれば食に対して無関心になってしまう。
原油高による餌の高騰よりも無関心であることのほうがよっぽどこわい。
食べ物に込められている命に関心を持たずして食の関心とはいえないのではないか?
今あるのは自分の健康に対する関心だけな気がする。

誰もがしあわせに生きていくために
①食べる物に困らない社会をつくる
国内で生産される資源を使った牛肉生産。
僕の場合は山林を活かした牛肉生産を目指す(方法は色々あっていい)
②命に感謝する社会をつくる
みんなが生かされていることに気がつく
牛に「ありがとう」とおもえる牛肉生産
牛飼いをこどもたちの将来の夢ナンバーワンにする。

この出来事の最中、妻が妊娠しました。
新しい命が宿ったことに本当に感動してしまいました。
これから僕らの子供や孫が心配することなく暮らせるよう、斜に構えている隙なんてないです。
まだ本調子ではありませんが一人でも多くの方と一緒に考え行動していけたらきっとできると信じています。
頑張ります。

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Top▲ | by beefcattle | 2008-06-05 13:43 |
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