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2012年の振り返り 1月~4月
大みそかですね。
やる事や書くことはいっぱいありますが、年の最後です。
この1年を振り返ろうと思います。

1月

・鬱病で療養
昨年の秋から鬱病で精神科に通院しています。
今も1カ月に1回は抗うつ薬と睡眠導入剤をもらいに行っています。
本当にこのころはひどくて、牛舎にも全く行けない日々でした。
妻と父が毎日牛舎の仕事を、僕は家の中で寝るだけ。情けないけど動けない。それがまた情けない。
生きていたって仕方無いんじゃないか。。。
3月ごろまでこういった状態が続いていました。
現在も睡眠不足であったり、頑張り過ぎたりすると明らかに反動があ出ます。
夜の飲み会などはかなりきついのですべてお断りしています。
会議も妻が出たりしてくれています。
ただ、間違いなく、あのころに比べたら良くなっています。
だからこのままゆっくり進もうと思っています。
この経験が自分の価値観を大きく変えた事は間違いありません。
自分にとって『大切なもの』は何か。
大切なものを本当に大切にしたい。目先のどうでもいいことから離れる。
そう思えるようになりました。
そして、自分が色んな人に支えられているってことが分かりました。
一度どうでも良くなって睡眠導入剤を大量に飲んだ事がありました。
幸いいなんともなかったのですが、この時妻が「仕事なんて出来なくってもいい。毎日漫画読んでるだけでもいい。いてくれるだけでい。いてくれるだけでいいから。。。」と泣きながら僕に言いました。
「ああ、俺は今まで何を見ていたんだろう。」と、何も見ていなかった事に気が付きました。
この言葉に支えられて今があります。
人の優しさ、自分の弱さ、大切なもの、自分の中の密度が濃くなっていくそのきっかけを作ってくれたのが鬱病でした。

・マイコプラズマ大発生
生後1カ月齢からの子牛でマイコプラズマが大発生しました。
マイコ完全終焉の3月まで14頭の牛が死にました。
僕は牛舎に行けない。妻は一人で毎日病気の牛と向き合う日々。
一向に治らない子牛達。。。
本当に地獄のような日々だったと思います。
JAの中井獣医さんが本当に毎日毎日通って、何時間も牛と向き合い、治療してくれました。
従来の治療法に加えて新しい治療法も取り入れたり、鹿児島からはシェパードの蓮沼先生が来てくれ、松本先生も親身になってマイコ撲滅に力をかして下さいました。
それでも、結局は全ての牛を廃用する事になり、改めてマイコプラズマの恐ろしさを痛感することとなりました。
今でも全国からマイコの相談の電話があります。
この事については再考察をまたブログに書こうと思います。

・放牧敬産牛肉「ふくさと」但馬敬産牛肉「としこ」の販売を始めました。
ふくさとは今までで一番安定して美味しかった牛でした。としこはすき焼き用だけという事もあり、あっという間に売り切れちゃいました。『放牧』と言うのは単なる手法でしかない。そう思えるようになって来た頃だと思います。
ふくさとのお肉は本当にうまかった。としこも15カ月以上肥育したから味がしっかりしていて、今でもあればまた食べたい牛たちです。

・1月には3つのブログを書きました
放牧敬産牛肉「ふくさと」と但馬敬産牛肉「としこ」販売開始です!!
一歩一歩
あつみちゃん
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2月
・マイコが一番猛威をふるっていた時期です。
ただただ地獄でした。。。
プルスフォグも買ったり、出来る事をひたすら積み重ねていたけど結果が見えない時期でした。
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・雪の多い年で、日々雪かき。
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・咲は3歳になりました
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・ふくさとのタンは美味かった!!
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・優土はお風呂で遊ぶようになりました
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・牛舎中の水洗&消毒
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・ブログは4記事書きました。
今は躁、まあ順調ってことで
煙霧消毒

視座を変える
「命」や「視座を変える」なんかのあたりから自分の考えが統合されてきた感じがしています。

3月
・マイコプラズマを完全抑える事が出来ました。
振り返れば3か月の出来事だけど、本当に出口が見えなくって、真っ暗闇を引きずられて歩かされている感じ。マイコの事をブログに書いた事で色々あったけど、今となっては色々な人の役に立てて良かったと思っています。
・僕の鬱もだいぶ良くなってきて、牛市に最初から最後までいられるようになりました。
1月市、2月市は牛の搬入だけして、あとは妻に任せて家に帰って寝ていました。
自分の感度が上がり過ぎて、牛市の場の色んな人の色んな欲や顔や情報や感情がきつすぎて市場にいる事が出来なかったんです。牛市に最後までいられた。そんな当たり前な事が本当に嬉しかったです。
・マイコがおさまって次に見えてきたのはお金の事でした。
もうどうしようもないくらい追い詰められていて、今後死んだ牛がお金になる頃の資金繰りがとても不可能で、もう倒産するんじゃないのか。怖くて仕方なかったです。但馬信用金庫の宮垣さんがコンサルに入ってくれ、お金の見える化がだいぶ出来るようになりました。ファームガーデンの田丸さんが深夜まで夫婦の話を聞いてくれました。地元の先輩が牛市の駐車場で励ましてくれました。全国から色んなメッセージや思いや物、エネルギーを届けてくれました。そして、何より救いだったのが家族の存在。子供の存在。
・ブログは6記事
突破します
力を借りる
マイコプラズマ、終焉
純粋
結果から見ての評価
一番好きな時間
「一番好きな時間」は今見ても大好きな記事。この時間があったから僕は踏ん張れました。


4月
・ブログは10記事。少しずつ意欲も出てきた感じがします。
大掃除&消毒
事実は否定できない
入園式
大切なものを大切にしたい
子牛市から思う事
マイコプラズマについて
削蹄復帰に向けて
価値観
ヘマトクリット値と盲点
育種価
僕の財産
「事実は否定できない」、「大切なものを大切にしたい」、「価値観」、「僕の財産」の記事は本当に今の基盤になっている考え方です。
鬱のひどい時期に引きこもって考える時間が山ほどあった。少しずつ動けるようになって、思考に行動を重ねてくるようになった。そんな時期だったと思う。
新田さんや、小堀さんを始め、色んな人が僕の事を心配してくれて、心配し過ぎて動けなくなってしまったり、心配すぎてわざわざ飛行機乗って会いに来てくれたりと本当に自分は多くの人に愛されているんだなって感じさせてもらえた。今もまだその時の気持ちは自分の心を満たしている。
削除したんだけど「もう疲れました」と1行だけ書いた無題のブログがあって、書いた20分後に兄弟子から真夜中なのに何度も電話もらった事もあったっけ。
リアルな人間のつながりって本当にいいなって思えるようになった。
それまでは色んな人にあったり、有名な人とのつながりを大事にしていた自分がいたけど、違うなって思った。
あと、マイコプラズマについての記事。未だにこの記事だけは異常ににアクセスが多い。
それだけ全国で色んな株が出ているってことなんだろうな。ここらへんもまた書こうと思う。
・やまけんさんも来てくれた。後ろにいるのが僕の大好きな新田さん。
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・咲と優土が保育園へ
今でこそ保育園に行ってくれて仕事できるって思えるけど、ずっと溺愛だったから、もう心配で心配で。。。
・放牧場の整備にも今年は力を入れた
あつみは僕がいまいちな中、本当によくずっと頑張ったと思う。本当に。
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ああ、もう23:55分!!2012年が終わっちゃう!!!
年越してから、残りの振り返りをしよう。
皆さんよいお年を~!!!!
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Top▲ | by beefcattle | 2012-12-31 23:53
放牧牛肉に向けての取り組み みつこ
2002年11月に田中畜産を創業しました。
その時にいた1頭の牛が「みつこ」。
ふくゆき、ひでやす、ひでみ3、みつこ、おおふく3。
この5頭の牛から田中畜産はスタートしました。
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みつこ以外の4頭は5年以上も前に廃用となり、このみつこだけが10年間ずっと一緒にいた牛だったのです。

みつこは大柄で体積のある牛でした。
しかし、父は鶴光土井とすっごくマイナーな血統。
牛の産肉能力を表す育種価もオールD (Dが一番下です)。
生れも平成7年と超おばあさん牛です。
今や誰かに売ろうとしても、とっても買い手がつかないような牛。
それでも中々更新できずにいました。
田中畜産にとって、本当に大切な牛でした。
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牛飼いを始める時に導入した5頭のうち、4頭を同じ村岡に住む西山さんという方から入れました。
西山さんは40歳で脱サラをされて牛飼いに新規参入された方でした。
導入する牛を見せてもらいに、ドキドキしながら西山さんちへ行きました。
すると、
「僕が就農する時は苦労したんだ。就農祝いに1頭タダであげるよ。」と言っていただいたのです!
そして選ばせていただいた牛がみつこだったのです!!!

初めて会った時に「立派な角だなあ」と思った事を覚えています。
おっとりとした性格で、牛舎にいても放牧場にいてもいつも全く動じず、とてもなついてくれたことを覚えています。
我が家では「みっちゃん」と呼ばれていました。

2年前、鍛冶屋地区の放牧場を使ってくれないかとの相談がありました。
はじめて見た時、そこは2.5mのススキと蔓草のジャングルでした。
もとは急傾斜の棚田だったので、地面だと思って歩いていると足を踏み外し、急に1枚下の田んぼに落ちてしまうこともしばしば。。。
(1枚下の田にも2m以上のススキが生えていて、その上を蔓草が這っているのうえに、そこらじゅうジャングルで見通しが悪いので、【ススキの上を地面と錯覚して】踏み落ちてしまうのです!!)

どのくらいジャングルかと言うと・・・・

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(写真真ん中に2頭牛がいるのですが見えません)

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(拡大してようやく見える。かな。)


どのくらい急傾斜地かと言うと・・・・
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(写真は夢の下牧時。 見通しが良くなっても油断すれば踏み外します。。。)



そんな悪条件すぎる放牧場。
当初放す予定だった農家さんの牛がパニックを起こして逃げてしまったといういわくつきの場所。

「でも、うちの牛なら大丈夫だ!」
そう思った僕は大照放牧場から放牧超ベテラン牛だったみつこを連れてきて放牧しました。
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そしたらあまりのジャングルっぷりにみつこがパニックに!!!!
パニックになったみつこは崖の上を駆けあがり、下の川まで転がり落ちてしまいました。
大騒動です。
お腹には子牛もいるのに。
骨折していれば牛は廃用です。

慌てて下の川に下りました。
いつもあんなにおっとりしているのに、よっぽど怖かったんだ。。。
みつこは川の中で蔓に絡まって動けずにいました。
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と思ったら意外に落ち着いていました。。。

絡まった蔓を切り、どこか上げれる場所を探し、牛の足場をこさえて、何とかみつこをあげました。
結局その年は鍛冶屋での放牧は見送ることとなりました。。。

しかし、そこから2年。
草の短い5月初旬から再度リベンジ放牧をして、こんなにも見通しのいい放牧場が出来上がりました!!
すごすぎます!!!
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あれだけあった草のほとんどがみつこのお腹に入り、肉となってくれました。



正直、みつこだけはペットと言うか寿命まで飼おうかと迷う自分がいました。
そんな経済的な余裕はなかったというのが大きな理由です。
でも、もうちょっと経済的に余裕があったとしてもやっぱそういう選択肢はとらなかっただろうなと思います。
やっぱりペットじゃないんだよね。


屠畜前日、逃げ回っていた「夢」をよそ眼に、「みつこ」は自分から寄ってきました。

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(じっと写真も撮らしてくれません)

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(このみつこと僕のロープのたるみ具合がなんとも言えません。)


みつこは屠場でピストルを打つ瞬間まで、一つも嫌がることなくとことこついて来て、落ち着いていました。

いや、目の前で牛が解体されてんだし、全く知らない所に連れて来られているんだから、落ち着いているというのはやっぱ違うかな?

そりゃやっぱり最後は不安だったろうなと思う。
それでも最後までとことこついて来てくれたのは僕を信頼してくれていたからなんだろうなと思う。
みつこだからだと思う。

「屠場に連れてきて、信頼もなんもあったもんじゃない!」って思う人もいるだろう。
確かにそうかもしれない。

以前、「たにひめ」と言う牛を屠畜した時、ピストルを撃って倒れ、のどにナイフを入れて放血させている最中、かなり暴れた事があった。
その時僕は、慌てて牛の顔をグッと抑えつけながら「ばーばーば。ばーばーば」って言っていた。
ばーばーばーとは牛を落ち着かせる時に使う言葉。
無意識に使っていた。
今まさに絶命しようとしていて、目をカッと開き、パニックになる「たにひめ」の目を見ながら、ばーばーばー(落ち着け落ち着け)と言っている僕を、自分自身で矛盾を感じながらそれでもそう言っていた。
伝わるかな・・・牛との関係、畜主の思い。

みつこはすんなりついて来てくれ、すんなり肉になってくれた。
後ろ髪が引かれるという感じではない
みつこ、もういないんだな。。という寂しい気持ちも少しはある。
早く食べたいという気持ちもある。
届けたいという気持ちもある。
色んな気持ちがあるよね。
「これだ!」なんて答えなんて出せないし、導けないよ。

あんなに体積感のあったみつこも10年ですっかりお婆さんの体型になっちゃったね。
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少しでも届けばいいなと思います。
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ありがとう。みつこ。
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(お肉発想に関するお知らせ)

お肉の発送が遅くなって申し訳ありません。
現在、お肉はブロックの状態でお肉屋さんで保管していただいています。

僕はお肉を捌く技術を持っていません。
屠場で屠夫さんに屠畜してもらい、委託したお肉屋さんが皮をはいで、内臓を荒洗いして、枝肉にしてくれます。
荒洗いされたホルモンは屠畜日の夕方には持って帰り、うちで再度洗いとトリミング、真空パックを行いますが、
枝肉は屠場の冷蔵庫に3日ほど置いておいて、同じお肉屋さんに枝肉からブロック肉まで脱骨などの解体作業をしていただきます。
(飲食店さんにはこの段階で発送しています。)
ブロック肉はお肉屋さんのお店で保管してもらい、後日手のあいたときに焼き肉・切落しなどの商品にしてもらいます。
僕らは真空パックして、冷凍してもらったものを持って帰り、ラベルを張り、新聞や手紙をつけ、包装し発送するくらいです。
(いくらかは家庭用でブロックの時に持って帰ってきて、先に食べてみたりしています。)
現在、ひでふく・みつこ・夢はすべてブロック肉の状態で、商品待ちの状態です。
お肉屋さんも年末と言う事もあり忙しいので、ひでふくは年内、みつこは年が明けてからの発送になると思います。
夢もおんなじくらいだと思います。
たくさんのご予約を頂きほんとうにありがとうございます。
発送までもうしばらくお時間を頂けますようよろしくお願いいたします。
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Top▲ | by beefcattle | 2012-12-05 16:09
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